※本記事は、株式会社アストロスケールホールディングス の有価証券報告書(第7期、自 2024年5月1日 至 2025年4月30日、2025年7月29日 提出)の公開情報に基づき作成しています。会計基準は IFRS です。
1. アストロスケールホールディングスってどんな会社?
宇宙のゴミ(デブリ)除去などの軌道上サービスを開発・提供し、持続可能な宇宙環境の実現を目指す企業です。
■(1) 会社概要
2013年5月にシンガポールで創業し、デブリ除去を目的とする民間企業としてスタートしました。2019年1月の組織再編により同社がグループの親会社となり、2021年3月にはデブリ除去技術実証衛星ELSA-dの打ち上げに成功しました。2024年2月には商業デブリ除去実証衛星ADRAS-Jを打ち上げ、同年6月に東証グロース市場へ上場を果たしました。
連結従業員数は577名、単体では35名です。筆頭株主は創業者でCEOの岡田光信氏で、第2位、第3位は資産管理業務を行う信託銀行です。
| 氏名 | 持株比率 |
|---|---|
| 岡田 光信 | 21.14% |
| 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) | 3.98% |
| 株式会社日本カストディ銀行(信託口) | 3.90% |
■(2) 経営陣
同社の役員は男性5名、女性4名の計9名で構成され、女性役員比率は44.4%です。代表取締役社長兼CEOは岡田 光信氏です。社外取締役比率は57.1%です。
| 氏名 | 役職 | 主な経歴 |
|---|---|---|
| 岡田 光信 | 代表取締役社長兼CEO | 大蔵省(現財務省)、マッキンゼー・アンド・カンパニー等を経て、2013年にASTROSCALE PTE. LTD.を設立しCEOに就任。2018年より現職。国際宇宙航行連盟名誉アンバサダーも務める。 |
| Christopher Blackerby | 取締役兼COO | アメリカ航空宇宙局(NASA)本局、在米国大使館NASAアジア代表部代表を経て、2017年にASTROSCALE PTE. LTD.のCOOに就任。2018年より現職。 |
| 松山 宜弘 | 取締役兼CFO | メリルリンチ日本証券、ゴールドマン・サックス証券等を経て、2021年に同社執行役員CFOに就任。2023年より現職。 |
社外取締役は、野口 祐子(グーグル啓発執行役員)、Jan Wörner(元ESA長官)、Gayle Sheppard(元マイクロソフト副社長)、Ronald Pasek(元Netapp CFO)です。
2. 事業内容
同社グループは、「軌道上サービス事業」の単一セグメントで事業を展開しており、以下の4つのサービスに分類されます。
■ISSA(故障機や物体の観測・点検サービス)
故障した衛星やデブリなどの非協力物体に安全に接近し、カメラやセンサでデータを取得して故障原因の解析や物体の状態把握を行うサービスです。主に政府機関や防衛機関を顧客とし、デブリ除去の前段階としての役割や、宇宙領域把握などの安全保障用途にも活用されます。
収益は、主に政府機関や防衛機関との契約に基づき、研究開発や実証ミッションの進捗に応じたマイルストーン収入として受け取ります。運営は、日本子会社の株式会社アストロスケールや英国子会社のAstroscale Ltdなどがプロジェクトごとに担っています。
■LEX(寿命延長・燃料補給サービス)
燃料が枯渇したり軌道がずれたりした衛星に対し、ドッキングして軌道制御を代行したり、燃料を補給したりすることで運用期間を延長するサービスです。静止軌道や低軌道で衛星を運用する政府機関、防衛機関、民間事業者が顧客となります。
政府機関等へはサービサー衛星の販売収入、民間事業者へは契約時の頭金とサービスフィー収入を見込んでいます。イスラエル子会社のAstroscale Israel Ltd.や米国子会社のAstroscale U.S. Inc.等が開発・事業展開を行っています。
■ADR(既存デブリの除去サービス)
軌道上に存在するロケット上段などの既存デブリを捕獲し、大気圏に突入させて燃焼・除去するサービスです。過去に排出されたデブリの大半が政府由来であるため、主な顧客は各国の政府機関です。
収益は、政府機関との契約に基づくマイルストーン収入が中心となります。運営は、株式会社アストロスケールがJAXAとの大型実証プロジェクト(CRD2)を、Astroscale Ltdが英国宇宙庁のプロジェクト(COSMIC)などを担当しています。
■EOL(衛星運用終了時のデブリ化防止のための除去サービス)
運用終了後の衛星がデブリ化するのを防ぐため、事前にドッキングプレートを装着した衛星を捕獲し除去するサービスです。多数の衛星を運用する衛星コンステレーション事業者が主な顧客です。
収益モデルは、打上げ前のマイルストーン収入とミッション成功時の支払いの組み合わせ等を想定しています。Astroscale LtdがEutelsat OneWeb社とのプロジェクトなどを進めています。
3. 業績・財務状況
同社の連結業績をデータで分析します。
■(1) 業績推移
売上収益はミッションの進捗により変動しますが、第6期までは増加傾向にありました。第7期はADRAS-Jミッション完了等により減収となりました。利益面では、先行投資としての研究開発費が大きく、損失計上が続いています。
| 項目 | 2021年4月期 | 2022年4月期 | 2023年4月期 | 2024年4月期 | 2025年4月期 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上収益 | 7億円 | 9億円 | 18億円 | 29億円 | 25億円 |
| 税引前利益 | △49億円 | △56億円 | △93億円 | △92億円 | △216億円 |
| 利益率(%) | -751.7% | -611.1% | -519.5% | -323.2% | -877.1% |
| 当期利益(親会社所有者帰属) | △49億円 | △55億円 | △93億円 | △92億円 | △216億円 |
■(2) 損益計算書
売上収益は前期比で減少しました。一方で、開発体制の強化に伴いコストが増加しており、営業損失および当期損失が拡大しています。
| 項目 | 2024年4月期 | 2025年4月期 |
|---|---|---|
| 売上高 | 29億円 | 25億円 |
| 売上総利益 | 0億円 | 0億円 |
| 売上総利益率(%) | 0.0% | 0.1% |
| 営業利益 | △116億円 | △188億円 |
| 営業利益率(%) | -405.1% | -763.3% |
販売費及び一般管理費のうち、研究開発費が109億円(構成比57%)、人件費が49億円(同26%)を占めています。売上原価においては、ELSA-Mフェーズ4に係る受注損失引当金繰入額等の計上が影響しています。
■(3) セグメント収益
「軌道上サービス事業」の単一セグメントであるため、全社実績と同様の傾向です。ADRAS-Jプロジェクトの完了等により売上収益は減少しました。
| 区分 | 売上(2024年4月期) | 売上(2025年4月期) |
|---|---|---|
| 軌道上サービス事業 | 29億円 | 25億円 |
| その他 | 0億円 | 0億円 |
| 連結(合計) | 29億円 | 25億円 |
■(4) キャッシュ・フローと財務指標
本業の研究開発投資が先行しており営業CFはマイナスですが、株式上場や借入による資金調達で財務CFは大幅なプラスとなっており、将来の成長に向けた投資を継続する「勝負型」のキャッシュ・フロー状態です。
| 項目 | 2024年4月期 | 2025年4月期 |
|---|---|---|
| 営業CF | △128億円 | △123億円 |
| 投資CF | △12億円 | △10億円 |
| 財務CF | 41億円 | 208億円 |
企業の収益力を測るROE(自己資本利益率)は赤字のため算出できませんが、財務の安定性・安全性を測る自己資本比率は20.2%で市場平均(グロース市場平均43.3%)を下回っています。
4. 経営方針・戦略
同社が掲げる経営理念と、それを実現するための企業文化、および今後の具体的な成長戦略について解説します。
■(1) 経営理念
同社グループは、「将来の世代の利益のための安全で持続可能な宇宙開発」をビジョンとして掲げています。軌道上サービスを通じて宇宙機の安全な航行を確保し、宇宙空間の持続的な利用を実現することをミッションとし、軌道上サービスを宇宙空間における定常的・恒久的な基盤インフラサービスとして確立することを目指しています。
■(2) 企業文化
同社は「Space Sustainability」や「ESG経営による顧客への付加価値の提供」を最重要テーマとしています。技術開発を中核とするディープテック領域で、市場創造型のビジネスを展開し、グローバルに同時並行で活動することを重視しています。また、35カ国以上の国籍の従業員が働く多様性のある環境です。
■(3) 経営計画・目標
同社は、企業価値向上のための客観的な指標として、軌道上サービスミッションの受注状況と開発スケジュールの進捗管理を重視しています。特に、将来収益を生み出し事業成長を支えるパイプラインの確保状況を測定するため、「受注残総額」を重要な経営指標と位置付けています。
■(4) 成長戦略と重点施策
短中期的には、世界各国で増加する軌道上サービスの事業機会獲得を目指し、特に成長ドライバーとなる防衛関連需要の取り込みを強化します。中長期的には、政府需要を契機として民間需要の創出を図り、EOL(デブリ化防止)やLEX(寿命延長)サービスの市場を拡大させます。長期的には、部品交換・修理などの新サービス市場の創出を目指します。
5. 働く環境
同社の人材戦略と、給与水準や働きやすさに関する指標を解説します。
■(1) 人材戦略・方針
同社は、企業価値を高める行動が豊かな社会の実現につながると考え、ダイバーシティの確保や労働環境の改善に取り組んでいます。高度な技術開発とグローバル展開を支えるため、新卒・中途を問わず積極的な採用活動を推進するとともに、社内教育・研修体制を充実させ、人材育成にも注力しています。
■(2) 給与水準・報酬設計
同社(単体)従業員の平均年間給与はグロース市場の平均を大きく上回る水準です。
| 項目 | 平均年齢 | 平均勤続年数 | 平均年間給与 |
|---|---|---|---|
| 2025年4月期 | 45.4歳 | 2.6年 | 12,145,000円 |
※平均年間給与は、賞与及び基準外賃金を含みます。
■(3) 人的資本開示
同社は以下のような人的資本・多様性の開示を行っています。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 管理職に占める女性労働者の割合 | 18.2% |
※上記数値は、連結子会社である株式会社アストロスケールの実績です。男性育児休業取得率および男女賃金差異については、女性活躍推進法等の規定に基づき開示義務の対象外となるため、記載を省略しています。
また、同社は「サステナビリティ」等のセクションにおいて、法定開示以外の指標も掲載しています。例えば、全従業員における女性比率(28%)、全従業員におけるエンジニア比率(73%)などです。
6. 事業等のリスク
事業環境やシステムに関連する主なリスク要因を概観します。
■(1) 技術開発・実証に係るリスク
軌道上サービスに必要な技術開発や実証実験には、多くの時間と費用を要します。開発が想定以上に長引く場合や失敗する可能性があり、その場合サービスの提供開始が遅延したり、断念せざるを得なくなる可能性があります。特にADR(デブリ除去)やLEX(寿命延長)など、宇宙空間での実証が未完了のサービスについては不確実性が残ります。
■(2) 人工衛星の開発・製造及び運用に係るリスク
人工衛星は精密機器であり、部品の欠陥や製造上の問題がシステム全体に影響する可能性があります。また、輸出入規制への対応やサプライチェーンの問題による開発・製造の遅延リスクもあります。運用段階においても、宇宙環境の影響による故障や予期せぬ不具合が生じる可能性があり、事業や業績に悪影響を及ぼす可能性があります。
■(3) 収益の不確実性と市場形成のリスク
同社は政府機関や防衛機関との契約が多く、特定の顧客への依存度が高い状況です。また、民間需要の拡大を見込んでいますが、コンステレーション事業者の動向や法規制の進展などにより、市場が想定通りに拡大しない可能性があります。法的拘束力のない覚書段階の案件も多く、これらが実際の契約や収益に結びつかないリスクもあります。
■(4) 資金調達リスク
研究開発型企業として先行投資が続いており、営業キャッシュ・フローのマイナスが継続しています。今後も開発加速のために資金調達が必要となりますが、金融市場の環境や業績動向によっては、必要な時期に適切な条件で資金を確保できない可能性があります。また、借入金には財務制限条項が付されており、これに抵触した場合は返済を求められるリスクがあります。



上場企業の有価証券報告書から、事業内容・業績推移・平均年収などの客観的データを抽出。求人票の裏側にある「企業のリアル」を、転職志望者の視点で分かりやすく解説します。