※本記事は、株式会社ワコム の有価証券報告書(第42期、自 2024年4月1日 至 2025年3月31日、2025年6月25日 提出)の公開情報に基づき作成しています。会計基準は Japan GAAP です。
1. ワコムってどんな会社?
デジタルペン技術のパイオニアとして、クリエイター向けタブレットやデジタル文具向け部品を提供する企業です。
■(1) 会社概要
同社は1983年に設立され、電子機器事業を開始しました。1988年にはドイツに現地法人を設立し、グローバル展開を加速させます。2003年に日本証券業協会JASDAQ市場へ上場した後、2005年に東証一部への上場を果たしました。その後も各国の現地法人設立や技術開発を進め、2022年の市場区分見直しに伴い、現在は東証プライム市場に上場しています。
2025年3月31日現在、連結従業員数は1,006名、単体では415名が在籍しています。筆頭株主は信託業務を行う日本マスタートラスト信託銀行で、第2位も同様にカストディ業務を行う銀行が名を連ねています。また、主要取引先であるサムスングループの関連会社も大株主となっています。
| 氏名 | 持株比率 |
|---|---|
| 日本マスタートラスト信託銀行(信託口) | 16.43% |
| 日本カストディ銀行(信託口) | 7.38% |
| サムスン エレクトロニクス シンガポール ピーティーイー リミテッド | 6.24% |
■(2) 経営陣
同社の役員は男性8名、女性1名の計9名で構成され、女性役員比率は11.1%です。代表取締役社長兼CEOは井出信孝氏が務めています。取締役9名のうち、過半数を超える6名が社外取締役で構成され、ガバナンスの透明性を高めています。
| 氏名 | 役職 | 主な経歴 |
|---|---|---|
| 井出 信孝 | 代表取締役社長チーフエグゼクティブオフィサー | シャープを経て2013年同社入社。技術マーケティング部GM、テクノロジーソリューションBU担当役員などを経て2018年より現職。 |
| 山本 定雄 | 取締役チーフテクノロジーオフィサー | 1987年同社入社。電子機器事業部基礎開発部GM、R&D推進室GM、技術開発本部長などを歴任し、2015年より現職。 |
| 小峰 明武 | 取締役チーフレベニューオフィサー | 公認会計士。PwCを経て2011年同社入社。財務部マネージャー、テクノロジーソリューションBU担当役員を経て2025年より現職。 |
社外取締役は、稲積憲(ピルボックスジャパン代表取締役社長)、稲増美佳子(HR INSTITUTE USA, INC.社長)、中嶋崇史(リクロスエクスパンション代表取締役)、東山茂樹(元野村総合研究所常務執行役員)、細窪政(グレートアジアキャピタル&コンサルティング代表社員)、小野祐司(管理者トラスト代表取締役)です。
2. 事業内容
同社グループは、「ブランド製品事業」および「テクノロジーソリューション事業」を展開しています。
■ブランド製品事業
クリエイターや教育現場向けに、液晶ペンタブレットやペンタブレット製品を提供しています。映画制作やアニメーション、産業デザインなどのプロフェッショナル用途から、オンライン教育やテレワークでの利用まで幅広い顧客層を持ちます。
製品の販売を通じて顧客から対価を得る収益モデルです。また、クリエイターの権利保護サービスなどの新規事業も展開しています。運営は主にワコムおよび各国の販売子会社が行っています。
■テクノロジーソリューション事業
スマートフォンやタブレットPC、電子書籍端末などのメーカー向けに、デジタルペン技術(AES方式、EMR方式)を搭載した部品やモジュールを提供しています。特にサムスングループなどが主要な顧客です。
OEM供給先である完成品メーカーから、部品やモジュールの販売代金およびライセンス料等を受け取る収益モデルです。運営は主にワコムおよび製造・開発を担う海外子会社が行っています。
3. 業績・財務状況
同社の連結業績をデータで分析します。
■(1) 業績推移
| 項目 | 2021年3月期 | 2022年3月期 | 2023年3月期 | 2024年3月期 | 2025年3月期 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 1,085億円 | 1,088億円 | 1,127億円 | 1,188億円 | 1,157億円 |
| 経常利益 | 141億円 | 144億円 | 29億円 | 99億円 | 104億円 |
| 利益率(%) | 13.0% | 13.2% | 2.5% | 8.3% | 9.0% |
| 当期利益(親会社所有者帰属) | 102億円 | 110億円 | 18億円 | 46億円 | 52億円 |
この5期間において、売上高は1,100億円前後で推移しており、大きな変動はありませんが、2025年3月期は前期比で微減となりました。利益面では、2023年3月期に大幅な減益を記録しましたが、その後は回復傾向にあります。2025年3月期は、売上が減少したものの、経常利益および当期利益は増加し、利益率も改善しています。
■(2) 損益計算書
直近2期間の業績を見ると、売上高は減少したものの、売上総利益が増加し、利益率が改善しています。営業利益も大幅に増加しており、収益性の向上が見られます。
| 項目 | 2024年3月期 | 2025年3月期 |
|---|---|---|
| 売上高 | 1,188億円 | 1,157億円 |
| 売上総利益 | 368億円 | 401億円 |
| 売上総利益率(%) | 30.9% | 34.7% |
| 営業利益 | 71億円 | 102億円 |
| 営業利益率(%) | 5.9% | 8.8% |
販売費及び一般管理費のうち、研究開発費が87億円(構成比29%)、給与手当が72億円(同24%)を占めています。売上原価は755億円で、売上高に対する構成比は65%となっています。
■(3) セグメント収益
ブランド製品事業は、ディスプレイ製品やペンタブレット製品の販売減少により減収となり、セグメント損失を計上していますが、損失幅は縮小しています。一方、テクノロジーソリューション事業はEMR方式の需要増により増収増益となり、全社の利益を牽引しています。
| 区分 | 売上(2024年3月期) | 売上(2025年3月期) | 利益(2024年3月期) | 利益(2025年3月期) | 利益率 |
|---|---|---|---|---|---|
| ブランド製品事業 | 338億円 | 287億円 | -45億円 | -29億円 | -10.0% |
| テクノロジーソリューション事業 | 850億円 | 869億円 | 165億円 | 185億円 | 21.3% |
| 連結(合計) | 1,188億円 | 1,157億円 | 71億円 | 102億円 | 8.8% |
■(4) キャッシュ・フローと財務指標
同社のキャッシュ・フローの状況は、本業で稼いだ資金で借入金の返済や株主還元を行いつつ、投資も実施している「健全型」と言えます。
| 項目 | 2024年3月期 | 2025年3月期 |
|---|---|---|
| 営業CF | 175億円 | 83億円 |
| 投資CF | -23億円 | -23億円 |
| 財務CF | -64億円 | -132億円 |
企業の収益力を測るROE(自己資本利益率)は15.6%で市場平均を上回る一方、財務の安定性・安全性を測る自己資本比率は43.6%で市場平均をやや下回っています。
4. 経営方針・戦略
同社が掲げる経営理念と、それを実現するための企業文化、および今後の具体的な成長戦略について解説します。
■(1) 経営理念
同社は「Life-long Ink」をビジョンとして掲げています。これは、技術をもとに製品・サービスのユーザー体験を通じて顧客に価値を届けることを存在意義とし、一社だけでなくそれぞれのコミュニティのメンバーと共に学び合いながら実現していくことで、社会の成長に貢献することを目指すものです。
■(2) 企業文化
同社は「Meaningful Growth(意味深い成長)」を掲げ、財務的な成長に加え、多面的な意味を持つ成長を目指しています。「Technology Leadership」「Community Engagement」などの指針のもと、技術革新に注力するとともに、技術・ビジネス・文化等の多様なコミュニティと深く連携し、新しい価値ある体験を共創していく文化を重視しています。
■(3) 経営計画・目標
同社は、新中期経営計画『Wacom Chapter 4』(2026年3月期~2029年3月期)を策定し、企業価値向上に向けた数値目標を掲げています。
* 連結売上高:1,500億円
* 連結営業利益:150億円
* ROE(自己資本利益率):20%以上
* ROIC(投下資本利益率):18%以上
■(4) 成長戦略と重点施策
「New Core Tech, New Core Value Proposition」として、デジタル手書き技術をXR、AI、セキュリティの3分野と掛け合わせ、新たな体験価値の提供を目指しています。また、ブランド製品事業の構造改革とポートフォリオ強化、グローバル市場での競争力強化にも取り組んでいます。
* R&D+設備投資:620億円
* 技術資本提携:120億円以上
5. 働く環境
同社の人材戦略と、給与水準や働きやすさに関する指標を解説します。
■(1) 人材戦略・方針
「人間にとって意味のある体験」を届ける道具屋として、社員が自ら解き放たれ、自分らしくパフォーマンスを発揮できる環境作りを重視しています。多様性を重んじ、性別・国籍・年齢にとらわれない人材登用を行うとともに、スーパーフレックス等の導入で時間と場所の制約を取り除き、自由な発想が生まれる風土を醸成しています。
■(2) 給与水準・報酬設計
同社(単体)従業員の平均年間給与はプライム市場の平均を大きく上回る水準です。
| 項目 | 平均年齢 | 平均勤続年数 | 平均年間給与 |
|---|---|---|---|
| 2025年3月期 | 45.4歳 | 11.1年 | 9,641,000円 |
※平均年間給与は賞与及び基準外賃金を含みます。
■(3) 人的資本開示
同社は以下のような人的資本・多様性の開示を行っています。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 女性管理職比率 | 22.9% |
| 男性育児休業取得率 | 42.9% |
| 男女賃金差異(全労働者) | 69.3% |
| 男女賃金差異(正規雇用) | 76.1% |
| 男女賃金差異(非正規雇用) | 40.7% |
また、同社は「サステナビリティ」等のセクションにおいて、法定開示以外の指標も掲載しています。例えば、女性の育児休業からの復職率(100%)、Wacom Code of Ethics and Business Conductトレーニング修了率(90%以上)などです。
6. 事業等のリスク
事業環境やシステムに関連する主なリスク要因を概観します。
■(1) 為替レートの変動
同社グループは海外での販売比率が高く、生産も海外委託しているため、米ドルやユーロ等の為替変動の影響を受けます。為替予約等でリスク回避に努めていますが、急激な変動は業績に影響を及ぼす可能性があります。
■(2) 特定の販売先への依存
テクノロジーソリューション事業における主要販売先であるサムスングループへの売上高比率が高く(連結売上の4割超)、同グループ製品の需要動向や経営戦略の変更が、同社グループの業績に影響を与える可能性があります。
■(3) 外部企業への製造依存
製品の生産を中国を中心とした海外の外注製造会社に委託しています。生産委託先の経営問題や自然災害等による生産停止、または地政学的リスクによるサプライチェーンの混乱等は、製品の安定供給を妨げ、業績に悪影響を及ぼす可能性があります。



上場企業の有価証券報告書から、事業内容・業績推移・平均年収などの客観的データを抽出。求人票の裏側にある「企業のリアル」を、転職志望者の視点で分かりやすく解説します。