※本記事は、日本酸素ホールディングスの有価証券報告書(第2026年3月期、自 2025年4月1日 至 2026年3月31日、2026年6月15日 提出)の公開情報に基づき作成しています。会計基準は IFRS です。
1. 日本酸素ホールディングスってどんな会社?
産業ガスや医療用ガス、サーモスブランドの家庭用品の製造・販売をグローバルに展開する企業です。
■(1) 会社概要
1910年に日本酸素合資会社として創立し、1949年に東京証券取引所へ上場しました。2001年にサーモスを設立し、2004年には大陽東洋酸素と合併して大陽日酸へ商号変更しました。2014年に現在の三菱ケミカルグループの連結子会社となり、2020年に持株会社体制へ移行し現在の社名に変更しました。
現在の従業員数は連結で20,411名、単体で108名です。筆頭株主は親会社である三菱ケミカルグループで株式の過半数を保有しており、第2位は資産管理業務を行う信託銀行、第3位は取引先持株会となっています。
| 氏名 | 持株比率 |
|---|---|
| 三菱ケミカルグループ | 50.59% |
| 日本マスタートラスト信託銀行(信託口) | 7.22% |
| 大陽日酸取引先持株会 | 3.49% |
■(2) 経営陣
同社の役員は男性11名、女性2名の計13名で構成され、女性役員比率は15.4%です。代表取締役社長 CEOは濱田敏彦氏が務めており、取締役9名のうち社外取締役が5名(55.6%)を占めています。
| 氏名 | 役職 | 主な経歴 |
|---|---|---|
| 濱田敏彦 | 代表取締役社長 CEO | 1981年入社。米国子会社のエグゼクティブバイスプレジデントや電子機材事業本部の各種要職を経て、日酸TANAKAの代表取締役社長を歴任。2021年より現職。 |
| 永田研二 | 取締役 | 1981年入社。シンガポール子会社社長や産業ガス事業本部長などを経て、2020年より現職。日本酸素の代表取締役社長も兼務。 |
| ラウル ジュディチ | 取締役 | 1995年イタリアの関連会社に入社。欧州事業の要職を歴任し、2024年に現職。欧州子会社の会長・社長を兼務。 |
| 矢部尚登 | 取締役 | 2003年東京大学特任教員。外資系企業や三菱ケミカルグループでの要職を経て、2025年より同社のチーフストラテジーオフィサーを務め、同年より現職。 |
社外取締役は、原美里氏(税理士法人横浜弁天会計社代表税理士)、長澤克己氏(元日立製作所執行役常務)、宮武雅子氏(慶應義塾大学大学院法務研究科客員教授・弁護士)、中島秀夫氏(元公正取引委員会事務総長)、山地勝仁氏(元ヤマハ発動機取締役常務執行役員)です。
2. 事業内容
同社グループは、「日本」「米国」「欧州」「アジア・オセアニア」「サーモス」および「その他」事業を展開しています。
■日本
酸素、窒素、アルゴン、炭酸ガス等の産業ガス、医療用ガス、特殊ガス、溶断機器等の製造・販売を行っています。また、エレクトロニクス関連機器の工事等も手がけ、国内の多様な産業の発展に貢献しています。
顧客へのガス販売や機器の提供、配管工事等により収益を得ています。運営は主に日本酸素が行い、日酸TANAKAや日本液炭など複数の子会社がそれぞれの専門領域を担当しています。
■米国
米国において、酸素、窒素、アルゴン、特殊ガス、水素、ドライアイスなどの産業ガスの製造・販売を展開しています。また、ガス関連機器や溶断機材の販売も行い、顧客のニーズに対応しています。
現地の多様な顧客企業からガスの販売代金や関連機器の販売収益を得ています。運営は米国の子会社であるNippon Sanso Matheson, Inc.が中心となって行っています。
■欧州
欧州地域において、酸素、窒素、アルゴンなどの産業ガスの製造・販売を手がけています。さらに、在宅医療サービスの提供や医療機器の販売など、ヘルスケア事業も展開しています。
顧客からのガス販売収益や、在宅医療サービスの利用料、医療機器の販売代金を得ています。運営はNippon Sanso Euro-Holding S.L.U.傘下にある欧州各国のグループ企業が行っています。
■アジア・オセアニア
シンガポール、ベトナム、タイ、オーストラリア、中国、台湾、韓国などの地域で、産業ガスの製造・販売や特殊ガスの販売を展開しています。また、ガス供給機器や精製装置の製造・販売も行っています。
現地の製造業等の顧客からガスや関連機器の販売代金を得ています。Nippon Sanso Holdings Singapore Pte. Ltd.やオセアニアの統括会社の下、各地の現地法人が事業を運営しています。
■サーモス
家庭用品等の製造・販売を行っています。ステンレス製魔法瓶をはじめとする保温・保冷機能に優れた製品を展開し、消費者の快適なライフスタイルをサポートしています。
一般消費者向けの製品販売により収益を得ています。この事業は主にサーモスおよび中国などにある同社グループの関連会社が運営しています。
3. 業績・財務状況
同社の連結業績をデータで分析します。
■(1) 業績推移
直近5年間の売上収益は継続して増加傾向にあります。税引前利益も概ね右肩上がりで推移しており、直近の2026年3月期には利益率が13.0%に達するなど、収益性の向上が見られます。
| 項目 | 2022年3月期 | 2023年3月期 | 2024年3月期 | 2025年3月期 | 2026年3月期 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上収益 | 9,572億円 | 11,867億円 | 12,551億円 | 13,080億円 | 13,596億円 |
| 税引前利益 | 916億円 | 1,055億円 | 1,507億円 | 1,453億円 | 1,768億円 |
| 利益率(%) | 9.6% | 8.9% | 12.0% | 11.1% | 13.0% |
| 当期利益(親会社所有者帰属) | 641億円 | 731億円 | 1,059億円 | 988億円 | 1,239億円 |
■(2) 損益計算書
売上収益は堅調に増加しており、営業利益も大幅な増益となっています。価格マネジメントの効果や生産性向上への取り組みが寄与し、営業利益率も改善しています。
| 項目 | 2025年3月期 | 2026年3月期 |
|---|---|---|
| 売上収益 | 13,080億円 | 13,596億円 |
| 営業利益 | 1,659億円 | 1,979億円 |
| 営業利益率(%) | 12.7% | 14.6% |
■(3) セグメント収益
米国や欧州ではガスの出荷数量が減少したものの、価格マネジメント効果が奏功し増収に寄与しました。アジア・オセアニアは事業買収の効果により大幅な増収となっています。
| 区分 | 売上(2025年3月期) | 売上(2026年3月期) |
|---|---|---|
| 日本 | 4,269億円 | 4,266億円 |
| 米国 | 3,856億円 | 3,820億円 |
| 欧州 | 3,290億円 | 3,515億円 |
| アジア・オセアニア | 1,798億円 | 2,113億円 |
| サーモス | 326億円 | 333億円 |
| 調整額 | -458億円 | -450億円 |
| 連結(合計) | 13,080億円 | 13,596億円 |
■(4) キャッシュ・フローと財務指標
営業CFがプラス、投資CF・財務CFがマイナスとなっており、営業利益で借入返済を行い、投資も手元資金で賄う健全型です。
| 項目 | 2025年3月期 | 2026年3月期 |
|---|---|---|
| 営業CF | 2,351億円 | 2,726億円 |
| 投資CF | -1,429億円 | -2,028億円 |
| 財務CF | -733億円 | -592億円 |
企業の収益力を測るROE(自己資本利益率)は11.3%で市場平均を上回る一方、財務の安定性・安全性を測る自己資本比率は25.7%で市場平均を下回っています。
4. 経営方針・戦略
同社が掲げる経営理念と、それを実現するための企業文化、および今後の具体的な成長戦略について解説します。
■(1) 経営理念
同社は、企業理念として「進取と共創。ガスで未来を拓く。The Gas Professionals」を掲げています。革新的なガスソリューションによって社会に新たな価値を提供し、あらゆる産業の発展に貢献するとともに、人と社会と地球の心地よい未来の実現を目指しています。これを企業活動の基本方針とし、持続的な成長と企業価値の向上を追求しています。
■(2) 企業文化
グループ理念にも通じる同社のDNAとして「進取の気概(イノベーティブマインド)」を大切にしています。失敗を恐れずに挑戦し、革新的なアイデアや取り組みを生み出す姿勢を重視しており、技術力を高めることで、社会や産業を取り巻く環境変化に迅速かつ的確に対応できる企業文化を醸成しています。
■(3) 経営計画・目標
同社は、2030年3月期を最終年度とする新中期経営計画「Next Innovation 2030 - Evolving for the Future」を策定しています。事業収益の拡大と新たな成長ドライバーの創出を目標に掲げています。
* 売上収益:1兆5,000億円〜1兆5,750億円
* コア営業利益:2,500億円〜2,750億円
* EBITDAマージン(グループ):26.5%以上
* ROCE after Tax(税引後使用資本利益率):8.0%以上
■(4) 成長戦略と重点施策
中期経営計画では、グループ横断の「CoE(Center of Excellence)」体制を構築し、各事業会社の強みを共有してシナジーを高める戦略を掲げています。具体的には以下の3点を重点戦略として推進します。
* 産業ガス事業の収益力強化(オペレーショナル・エクセレンスの拡大等)
* エレクトロニクス事業の拡大(先端材料分野への重点投資等)
* 将来の成長ドライバーの創出(イノベーションの加速等)
5. 働く環境
同社の人材戦略と、給与水準や働きやすさに関する指標を解説します。
■(1) 人材戦略・方針
同社は、各地域事業会社に採用や配置などの権限を委譲し、地域ごとの活力と競争力を高めるネットワーク型の人材戦略を推進しています。多様な人材が能力を十分に発揮できる働きやすい環境の整備や、地域を超えた人材交流、将来の経営を担う後継者育成計画の強化を通じて、イノベーションを創出するプロフェッショナル人材の育成に取り組んでいます。
■(2) 給与水準・報酬設計
同社(単体)従業員の平均年間給与はプライム市場の平均を大きく上回る水準です。
| 項目 | 平均年齢 | 平均勤続年数 | 平均年間給与 |
|---|---|---|---|
| 2026年3月期 | 43.8歳 | 16.8年 | 10,641,000円 |
※平均年間給与は賞与及び基準外賃金を含みます。
■(3) 人的資本開示
同社は以下のような人的資本・多様性の開示を行っています。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 女性管理職比率 | 2.9% |
| 男性育児休業取得率 | 80.0% |
| 男女賃金差異(全労働者) | 66.2% |
| 男女賃金差異(正規雇用労働者) | 65.7% |
| 男女賃金差異(非正規雇用労働者) | 76.9% |
また、同社は「サステナビリティ」等のセクションにおいて、法定開示以外の指標も掲載しています。例えば、女性従業員比率(20.8%)、休業災害度数率(1.85)、サステナブルエンゲージメントスコア(81)などです。
6. 事業等のリスク
事業環境やシステムに関連する主なリスク要因を概観します。
■(1) グローバル事業展開とサプライチェーンの変動
同社グループは世界4極で事業を展開しており、各国の政治・経済動向や地政学リスクの影響を受けます。半導体特殊材料ガスやヘリウムガスなど、特定の地域に依存する製品では、生産状況の変動や輸出入規制、海上輸送の混乱により、安定供給に支障が生じ、事業活動や業績に悪影響を及ぼす可能性があります。
■(2) 製造設備の稼働低下と減損リスク
顧客の敷地や隣接地にプラントを設置してガスを供給するオンサイト方式を採用していますが、産業構造の変化等により主要顧客(鉄鋼、化学、半導体等)の操業率が低下した場合、製造設備の稼働率低下や不要化を招くリスクがあります。その結果、設備の除却損や減損損失が発生し、業績に影響する可能性があります。
■(3) 電力・輸送費等の製造コスト高止まり
主力製品である酸素や窒素などの産業ガスの製造には多くの電力を消費するため、原油・LNG価格の変動にともなう電力コストの影響を強く受けます。さらに、人件費や輸送費の上昇によって製造コストの高止まりが続く中、販売価格への転嫁が十分に追いつかない場合、同社の収益を圧迫するリスクがあります。



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