※本記事は、株式会社稲畑産業 の有価証券報告書(第164期、自 2024年4月1日 至 2025年3月31日、2025年6月16日 提出)の公開情報に基づき作成しています。会計基準は Japan GAAP です。
1. 稲畑産業ってどんな会社?
合成樹脂や情報電子材料などを扱う老舗の専門商社です。住友化学と密接な関係を持ちながら、グローバルに事業を展開しています。
■(1) 会社概要
1890年に京都で稲畑染料店として創業し、1918年に株式会社稲畑商店を設立しました。1961年に大阪証券取引所市場第二部、1962年に東京証券取引所市場第二部へ上場し、1973年には両市場の第一部銘柄に指定されました。その後、情報電子、化学品、生活産業、合成樹脂等の分野へ事業を拡大・再編し、2022年に東証プライム市場へ移行しました。
連結従業員数は4,677名、単体では667名です。筆頭株主は信託業務を行う日本マスタートラスト信託銀行で、第2位は住友化学です。同社は住友化学の染料・化学品・医薬品の特約販売店となった経緯があり、現在も主要株主であるとともに、同社製品の販売や購入を行うなど密接な取引関係にあります。
| 氏名 | 持株比率 |
|---|---|
| 日本マスタートラスト信託銀行(信託口) | 14.96% |
| 住友化学 | 10.23% |
| 日本カストディ銀行(信託口) | 5.89% |
■(2) 経営陣
同社の役員は男性10名、女性2名の計12名で構成され、女性役員比率は16.7%です。代表取締役社長執行役員は稲畑勝太郎氏が務めています。社外取締役比率は58.3%です。
| 氏名 | 役職 | 主な経歴 |
|---|---|---|
| 稲畑 勝太郎 | 代表取締役社長執行役員 | 1989年1月に入社。取締役、常務取締役、取締役常務執行役員、取締役専務執行役員を経て、2005年12月より現職。 |
| 赤尾 豊弘 | 代表取締役専務執行役員情報電子セグメント担当生活産業セグメント担当補佐北東アジア地区担当 | 1982年4月に入社。情報画像本部長、執行役員、電子機能材本部長などを歴任。2015年6月より現職。 |
| 横田 健一 | 代表取締役専務執行役員管理部門全般担当 | 1996年7月に入社。財務経理室長、執行役員、経営企画室長、取締役常務執行役員などを経て、2017年6月より現職。 |
| 重森 隆志 | 取締役 | 1983年4月住友化学工業(現 住友化学)入社。同社常務執行役員、専務執行役員、取締役専務執行役員などを歴任。2023年6月より現職。 |
| 久保井 伸和 | 取締役(監査等委員) | 2001年7月に入社。財務経営管理室長、執行役員、監査役、監査等特命役員などを経て、2024年6月より現職。 |
社外取締役は、萩原貴子(元株式会社DDD代表取締役)、長南収(元キユーピー代表取締役社長執行役員)、末川久幸(元資生堂代表取締役執行役員社長)、佐成実(元東京ガス執行役員)、藤澤友一(元アステラス製薬取締役)、横田乃里也(元キリンホールディングス常務執行役員)、伊藤志保(公認会計士)です。
2. 事業内容
同社グループは、「情報電子事業」「化学品事業」「生活産業事業」「合成樹脂事業」および「その他」事業を展開しています。
■情報電子事業
液晶・有機ELパネル材料、半導体関連材料、インクジェットプリンター材料などを電機・電子部品メーカー等に提供しています。また、LED関連や太陽電池・二次電池などの環境・エネルギー分野の商材も扱っています。
収益は主に商品の販売収益です。運営は主に稲畑産業が行うほか、SHANGHAI INABATA TRADING CO.,LTD.などの海外現地法人や国内子会社を通じて販売を行っています。また、一部商品は子会社等を経由して販売しています。
■化学品事業
樹脂原料・添加剤、自動車部品用原料、塗料・インキ・接着剤原料、製紙用薬剤などを、化学品メーカーや自動車関連メーカー等に提供しています。住宅・建築資材関連の商材も取り扱っています。
収益は主に商品の販売収益です。運営は主に稲畑産業が行うほか、INABATA AMERICA CORPORATIONなどの海外現地法人や稲畑ファインテック等の国内子会社を通じて販売を行っています。また、一部商品は海外子会社等から購入し販売しています。
■生活産業事業
医薬品原料、農薬原料、防殺虫剤原料などのライフサイエンス関連商材や、農水産物加工品などの食品関連商材を製薬会社や食品メーカー、小売業者等に提供しています。
収益は主に商品の販売収益です。運営は主に稲畑産業が行うほか、海外現地法人や国内子会社を通じて販売しています。DNI GROUP, LLCなどの子会社を経由した水産物等の販売も行っています。
■合成樹脂事業
汎用樹脂、高機能樹脂、フィルム・シート製品などを、家電・OA機器メーカー、自動車メーカー、包装材メーカー等に提供しています。また、樹脂コンパウンド(着色・配合加工)事業も展開しています。
収益は主に商品の販売収益および樹脂コンパウンド製品の販売収益です。運営は稲畑産業のほか、INABATA PHILIPPINES,INC.などの海外販売拠点や、IK PLASTIC COMPOUND PHILS.INC.などの海外製造拠点を通じて展開しています。
■その他
上記報告セグメントに含まれない事業として、不動産賃貸業などを展開しています。
収益は主に不動産の賃貸収入等です。運営は主に稲畑産業が行っています。
3. 業績・財務状況
同社の連結業績をデータで分析します。
■(1) 業績推移
直近5期間の業績を見ると、売上高は一貫して増加傾向にあり、事業規模が拡大しています。利益面では、経常利益も概ね右肩上がりで推移していますが、当期利益(親会社所有者帰属)については変動が見られます。特に最新期は売上高、経常利益ともに過去最高水準に達していますが、当期利益は前期を下回っています。
| 項目 | 2021年3月期 | 2022年3月期 | 2023年3月期 | 2024年3月期 | 2025年3月期 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上収益(または売上高) | 5,776億円 | 6,810億円 | 7,356億円 | 7,660億円 | 8,378億円 |
| 税引前利益 / 経常利益 / 営業利益 | 165億円 | 216億円 | 191億円 | 214億円 | 261億円 |
| 利益率(%) | 2.9% | 3.2% | 2.6% | 2.8% | 3.1% |
| 当期利益(親会社所有者帰属) | 67億円 | 129億円 | 129億円 | 122億円 | 101億円 |
■(2) 損益計算書
直近2期間を比較すると、売上高の増加に伴い売上総利益も増加しています。売上総利益率は若干改善しており、営業利益も増益となりました。営業利益率は小幅ながら上昇しており、本業の収益性が向上していることがうかがえます。
| 項目 | 2024年3月期 | 2025年3月期 |
|---|---|---|
| 売上高 | 7,660億円 | 8,378億円 |
| 売上総利益 | 693億円 | 789億円 |
| 売上総利益率(%) | 9.0% | 9.4% |
| 営業利益 | 212億円 | 258億円 |
| 営業利益率(%) | 2.8% | 3.1% |
販売費及び一般管理費のうち、従業員給料手当賞与が164億円(構成比31%)、運賃保管料が104億円(同20%)を占めています。
■(3) セグメント収益
当期は全てのセグメントで前期比増収となりました。特に合成樹脂事業と情報電子事業の売上規模が大きく、全社の増収を牽引しました。利益面でも、情報電子事業や合成樹脂事業が大幅な増益を達成し、全体の利益率向上に貢献しています。一方で生活産業事業は減益となりました。
| 区分 | 売上(2024年3月期) | 売上(2025年3月期) | 利益(2024年3月期) | 利益(2025年3月期) | 利益率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 情報電子事業 | 2,391億円 | 2,641億円 | - | - | - |
| 化学品事業 | 1,127億円 | 1,183億円 | - | - | - |
| 生活産業事業 | 536億円 | 538億円 | - | - | - |
| 合成樹脂事業 | 3,605億円 | 4,015億円 | - | - | - |
| その他 | 1.8億円 | 1.8億円 | - | - | - |
| 連結(合計) | 7,660億円 | 8,378億円 | - | - | - |
■(4) キャッシュ・フローと財務指標
稲畑産業は、社債発行による収入が短期借入金の減少や配当金支払いを上回ったことなどにより、期末の資金が前期末に比べて増加しました。
営業活動では、税金等調整前当期純利益などが法人税等の支払いなどを上回ったことで資金を獲得しました。投資活動では、子会社株式や固定資産、有価証券の取得による支出が売却収入を上回り、資金を使用しました。財務活動では、短期借入金の減少や配当金支払いが社債発行収入を上回ったことで、資金を使用しました。
| 項目 | 2024年3月期 | 2025年3月期 |
|---|---|---|
| 営業CF | 302億円 | 199億円 |
| 投資CF | -24億円 | -95億円 |
| 財務CF | -140億円 | -8億円 |
4. 経営方針・戦略
同社が掲げる経営理念と、それを実現するための企業文化、および今後の具体的な成長戦略について解説します。
■(1) 経営理念
同社は、「愛(I)」「敬(K)」を社是と定め、「人を愛し、敬う」という人間尊重の精神に基づき、社会の発展に貢献することを経営理念としています。グローバルに事業を展開する商社グループとして、高い専門性や複合機能を活用し、顧客や社会のニーズに応えることで価値ある存在として常に進化し続けることを目指しています。
■(2) 企業文化
同社は、経営理念や目指す姿を踏まえ、2030年頃の「ありたい姿」として長期ビジョン「IK Vision 2030」を掲げています。創業以来培ってきた専門知識を持つ人材や、商社のツールとなる製造・物流・金融機能、海外19カ国約70拠点のネットワークなどの経営資源を最大限活用し、商社機能の複合化と高度化を図ることを重視しています。
■(3) 経営計画・目標
同社は長期ビジョンに向けた第3ステージとして、2027年3月期を最終年度とする中期経営計画「New Challenge 2026」を推進しています。
* 売上高:9,500億円
* 営業利益:270億円
* 経常利益:260億円
* 親会社株主に帰属する当期純利益:190億円
* ROE:10%以上
* ネットD/Eレシオ:0.5倍以下
* 自己資本比率:概ね50%前後
■(4) 成長戦略と重点施策
「New Challenge 2026」では、「投資による成長の加速」をメインテーマに掲げ、成長戦略と経営基盤戦略を推進しています。成長戦略としては、投資の積極化による収益拡大、環境関連ビジネスや食品等生活産業ビジネスの拡大を目指しています。また、製造・物流機能の強化による差別化、主要セグメントの深耕に加え、インドやメキシコなど成長エリアの深耕や未開拓エリアへの進出を図ります。
5. 働く環境
同社の人材戦略と、給与水準や働きやすさに関する指標を解説します。
■(1) 人材戦略・方針
人材を最も重要な財産と位置づけ、多様な背景や強みを持つ従業員が能力を最大限発揮できる環境整備を進めています。採用・配置・評価・登用の公平性を確保し、多様性を受け入れ生かす組織風土の醸成に努めています。また、専門性を持ち国内外で事業を牽引できる「グローバル人材」の育成を重要課題とし、多様な経験機会の提供や研修を実施しています。
■(2) 給与水準・報酬設計
同社(単体)従業員の平均年間給与はプライム市場の平均を大きく上回る水準です。
| 項目 | 平均年齢 | 平均勤続年数 | 平均年間給与 |
|---|---|---|---|
| 2025年3月期 | 41.0歳 | 13.4年 | 9,844,000円 |
※平均年間給与は賞与及び基準外賃金を含みます。
■(3) 人的資本開示
同社は以下のような人的資本・多様性の開示を行っています。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 女性管理職比率 | 6.0% |
| 男性育児休業取得率 | 110.0% |
| 男女賃金差異(全労働者) | 59.7% |
| 男女賃金差異(正規雇用) | 60.3% |
| 男女賃金差異(非正規雇用) | 51.3% |
また、同社は「サステナビリティ」等のセクションにおいて、法定開示以外の指標も掲載しています。例えば、精密検査受診率(100%)、教育研修費用(67,496円/人)などです。
6. 事業等のリスク
事業環境やシステムに関連する主なリスク要因を概観します。
■(1) 海外活動に潜在するリスク
東南アジア、北東アジア、北米、欧州など多数の地域で生産・販売活動を行っており、予期しない法規制の変更、政治・経済情勢の変化、人材確保の難しさ、インフラの未整備、社会的混乱などのリスクがあります。特にアジア地域は売上高の46%を占めており、影響を受ける可能性があります。
■(2) 事業投資に係るリスク
合弁やジョイントベンチャーなどへの出資を行っており、連結対象会社の財政状態や経営成績が悪化した場合、同社グループの業績に悪影響を及ぼす可能性があります。また、全社成長戦略として投資を積極化しており、新規投資案件が計画通りに進まない場合のリスクも存在します。
■(3) 人材の育成・確保に係るリスク
商社事業において人材は価値創造の源泉ですが、少子高齢化や人材流動化の影響により、必要な人材の確保が困難になったり、育成が順調に進まなかったりする場合、経営成績に悪影響を及ぼす可能性があります。経営基盤を支える専門人材の確保も課題です。
■(4) 取引先の信用リスク
国内外の多数の取引先に対して信用供与を行っていますが、取引先の倒産などにより債権回収が困難になった場合、貸倒損失の計上などを通じて経営成績に悪影響を及ぼす可能性があります。売上債権や棚卸資産の合計額は総資産の過半を占めており、与信管理が重要となります。



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