※本記事は、株式会社ニコンの有価証券報告書(第162期、自 2025年4月1日 至 2026年3月31日、2026年6月25日 提出)の公開情報に基づき作成しています。会計基準は IFRS です。
1. ニコンってどんな会社?
ニコンは、カメラや半導体露光装置などの精密機器の開発・製造を主力とし、光利用技術と精密技術を強みとする企業です。
■(1) 会社概要
同社は1917年7月に測距儀や顕微鏡などの光学機器の国産化を目指して日本光学工業として設立されました。1949年5月に東京証券取引所へ上場し、1988年4月に現在のニコンへ社名を変更しています。近年は2024年4月に米国のRED Digital Cinemaを完全子会社化するなど、新たな領域へ事業を拡大しています。
同社の従業員数は連結で19,928名、単体で4,656名です。筆頭株主は眼鏡レンズ事業における提携先であるエシロールルックスオティカ(常任代理人 香港上海銀行東京支店)で、第2位は資産管理業務を行う信託銀行、第3位は生命保険会社となっています。
| 氏名 | 持株比率 |
|---|---|
| SG/ESSILOR LUXOTTICA(常任代理人 香港上海銀行東京支店) | 18.53% |
| 日本マスタートラスト信託銀行(信託口) | 13.88% |
| 明治安田生命保険相互会社 | 5.34% |
■(2) 経営陣
同社の役員は男性9名、女性2名の計11名で構成され、女性役員比率は18.2%です。
代表取締役 兼 社長執行役員CEOは大村泰弘氏が務めています。社外取締役比率は54.5%です。
| 氏名 | 役職 | 主な経歴 |
|---|---|---|
| 大村泰弘 | 代表取締役 兼 社長執行役員CEO | 1992年4月同社入社。2021年4月常務執行役員、2024年4月専務執行役員を経て、2026年4月より現職。 |
| 德成旨亮 | 代表取締役会長 | 1982年4月三菱信託銀行入社。同社や三菱UFJフィナンシャル・グループの役員を経て、2020年4月同社入社。社長等を経て2026年4月より現職。 |
| 馬立稔和 | 取締役 | 1980年4月同社入社。2005年6月執行役員、社長執行役員CEOや会長執行役員を経て、2026年4月より現職。 |
| 萩原哲 | 取締役(常勤監査等委員) | 1985年4月同社入社。2015年6月執行役員、2017年6月取締役兼常務執行役員を経て、2021年6月より現職。 |
| 菊地誠司 | 取締役(常勤監査等委員) | 1988年4月同社入社。2016年7月財務・経理本部財務部長、2021年10月経営監査部長を経て、2024年6月より現職。 |
社外取締役は、蛭田史郎氏(元旭化成代表取締役社長・取締役会議長)、立岡恒良氏(元経済産業事務次官)、中田卓也氏(ヤマハ取締役会長)、村山滋氏(元川崎重工業代表取締役社長・監査等委員会委員長)、山神麻子氏(名取法律事務所パートナー弁護士)、千葉通子氏(千葉公認会計士事務所開設者)です。
2. 事業内容
同社グループは、「映像事業」「精機事業」「ヘルスケア事業」「コンポーネント事業」「デジタルマニュファクチャリング事業」および「その他」事業を展開しています。
■(1) 映像事業
レンズ交換式・レンズ一体型のデジタルカメラやデジタルシネマカメラ、交換レンズなど、映像関連製品やその周辺領域の製品・サービスの開発と提供を行っています。主に一般消費者やプロの映像クリエイター、映画制作プロダクションなどを顧客としています。
製品の販売や有償修理、保守サービスなどを通じて、顧客から代金や利用料を受け取ることで収益を得ています。事業の運営は主に親会社である同社や、子会社のRED Digital Cinema、ニコンイメージングジャパンなどが担っています。
■(2) 精機事業
FPD(フラットパネルディスプレイ)露光装置および半導体露光装置の製品・サービスを提供しています。スマートフォンやテレビなどのディスプレイ製造メーカー、および半導体デバイスの製造メーカーを主な顧客として事業を展開しています。
露光装置などの製品販売代金や、装置の据付、移設、保守サービスなどの提供に対する対価として顧客から料金を受け取ることで収益を上げています。事業の運営は主に同社や、子会社の栃木ニコンプレシジョン、ニコンテックなどが行っています。
■(3) ヘルスケア事業
生物顕微鏡などのライフサイエンスソリューション分野、超広角走査型レーザー検眼鏡などのアイケアソリューション分野、および細胞受託生産ソリューション分野の製品・サービスを提供しています。医療機関や研究機関、製薬企業などを顧客としています。
医療用・研究用機器などの製品販売代金や、細胞受託生産サービス、保守サービスの提供に対する対価を通じて収益を得ています。事業の運営は主に同社や、子会社のOptos、ニコン・セル・イノベーションなどが担っています。
■(4) コンポーネント事業
工業用顕微鏡やX線・CT検査システムなどの産業機器、光学部品やエンコーダなどのデジタルソリューションズ、宇宙関連などのカスタムプロダクツ、およびガラス関連の製品・サービスを提供しています。電子部品、自動車、航空機などの産業分野の企業を顧客としています。
産業用機器や光学部品などの製品販売代金、ならびに保守サービスの提供による対価から収益を得ています。事業の運営は主に同社や、子会社の光ガラス、ニコンソリューションズなどが担当しています。
■(5) デジタルマニュファクチャリング事業
金属3Dプリンターに関する製品・サービスを提供しています。主に航空宇宙、防衛、エネルギー、医療機器分野などで高度な金属部品の製造や補修を必要とする企業を顧客として事業を展開しています。
金属3Dプリンターなどの製品販売代金や、関連する据付・検収、保守サービスの提供を通じた対価を顧客から受け取ることで収益を上げています。事業の運営は主に同社や、子会社のNikon SLM Solutionsなどが行っています。
■(6) その他
上記の報告セグメントに含まれない事業を展開しています。具体的には、望遠鏡や双眼鏡などの開発・製造・販売のほか、コンピュータソフトウェアの開発・サポート、福祉厚生業務や資材調達・物流業務などを手掛けています。
製品の販売代金やサービス提供に対する対価として収益を得ています。事業の運営は主に子会社のニコンビジョン、ニコンシステム、ニコンビジネスサービスなどが担当しています。
3. 業績・財務状況
同社の連結業績をデータで分析します。
■(1) 業績推移
直近5年間の売上収益は拡大傾向にありましたが、直近年度で減少に転じています。税引前利益および当期利益についても、数年間は黒字を維持していたものの、直近年度では市場環境の変化やデジタルマニュファクチャリング事業における減損損失の計上などが影響し、大幅な赤字を計上する結果となりました。
| 項目 | 2022年3月期 | 2023年3月期 | 2024年3月期 | 2025年3月期 | 2026年3月期 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上収益 | 5,396億円 | 6,281億円 | 7,172億円 | 7,153億円 | 6,772億円 |
| 税引前利益 | 571億円 | 571億円 | 427億円 | 45億円 | -1,065億円 |
| 利益率(%) | 10.6% | 9.1% | 5.9% | 0.6% | -15.7% |
| 当期利益(親会社所有者帰属) | 427億円 | 449億円 | 326億円 | 6億円 | -861億円 |
■(2) 損益計算書
売上収益と売上総利益がともに前年度から減少しており、売上総利益率も悪化しています。営業利益は前年度の黒字から一転して大幅な赤字となりました。これは、減収影響に加えて、固定資産の減損損失や構造改革関連費用などの一時的な費用が大きく膨らんだことが要因です。
| 項目 | 2025年3月期 | 2026年3月期 |
|---|---|---|
| 売上収益 | 7,153億円 | 6,772億円 |
| 売上総利益 | 1,367億円 | 1,015億円 |
| 売上総利益率(%) | 19.1% | 15.0% |
| 営業利益 | 24億円 | -1,124億円 |
| 営業利益率(%) | 0.3% | -16.6% |
販売費及び一般管理費のうち、研究開発費が663億円(構成比50%)、修繕費が139億円(同10%)を占めています。
■(3) セグメント収益
映像事業は減収減益となったものの、利益を確保しました。精機事業やヘルスケア事業も減収減益で推移しています。コンポーネント事業は増収増益を達成しましたが、デジタルマニュファクチャリング事業は増収ながらも減損損失の計上などが響き、大幅な赤字を記録しました。
| 区分 | 売上(2025年3月期) | 売上(2026年3月期) | 利益(2025年3月期) | 利益(2026年3月期) | 利益率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 映像事業 | 2,975億円 | 2,915億円 | 413億円 | 167億円 | 5.7% |
| 精機事業 | 2,021億円 | 1,675億円 | 15億円 | -46億円 | -2.7% |
| ヘルスケア事業 | 1,166億円 | 1,121億円 | 67億円 | 16億円 | 1.4% |
| コンポーネント事業 | 825億円 | 846億円 | 72億円 | 96億円 | 11.3% |
| デジタルマニュファクチャリング事業 | 237億円 | 282億円 | -152億円 | -1,063億円 | -376.9% |
| その他 | 1,010億円 | 933億円 | 29億円 | 14億円 | 1.5% |
| 調整額 | -1,081億円 | -1,001億円 | -420億円 | -308億円 | - |
| 連結(合計) | 7,153億円 | 6,772億円 | 24億円 | -1,124億円 | -16.6% |
同社のキャッシュ・フローは、本業がマイナスであるものの、将来の成長に向けた投資を継続するために外部からの資金調達を行っている「勝負型」の状況です。
| 項目 | 2025年3月期 | 2026年3月期 |
|---|---|---|
| 営業CF | 483億円 | -44億円 |
| 投資CF | -700億円 | -126億円 |
| 財務CF | -198億円 | 9億円 |
企業の収益力を測るROE(自己資本利益率)は-14.1%、財務の安定性・安全性を測る自己資本比率は39.5%であり、いずれも市場平均を下回っています。
4. 経営方針・戦略
同社が掲げる経営理念と、それを実現するための企業文化、および今後の具体的な成長戦略について解説します。
■(1) 経営理念
同社は、「信頼と創造」という企業理念を事業活動の中で具現化することで、持続可能な社会に貢献しつつ自社の持続的成長を図ることを目指しています。また、2030年のありたい姿として「人と機械が共創する社会の中心企業」というビジョンを掲げ、顧客の欲しいモノやコトの「本質」を理解した上で、イノベーションを支える存在となることを使命としています。
■(2) 企業文化
同社は、ビジョン実現に向けた行動様式として、新たに3つのバリューを定めています。具体的には、「お客さまのニーズ、実現したいものに挑み続ける」「コスト、スピードに挑み続ける」「製品の精度や強靭性に挑み続ける」という価値観を重視しており、技術力と高品質を追求しながら、変化を恐れずに挑戦し続ける文化を組織全体に根付かせています。
■(3) 経営計画・目標
同社は、新たな中期経営計画(2026-2030年度)において、2030年のありたい姿に向けた取り組みを加速させる方針です。財務規律を重視しつつ、収益性の改善と資本効率の向上を図ることを目指しています。2030年度に向けて、以下の数値目標を掲げています。
* 売上収益:1兆円
* 営業利益:800億円
* 全社ROIC:7%
* ROE:10%
■(4) 成長戦略と重点施策
同社は、競争優位性のある事業に経営資源を集中し、成長を牽引する戦略を描いています。「映像」「ヘルスケア」「インダストリー」を安定利益創出事業として位置づけ、「デジタルマニュファクチャリング」「精機」を企業価値最大化に挑戦する事業として積極的な投資を行います。特に、デジタルシネマカメラ、大型金属3Dプリンター、半導体・デジタル露光装置に重点配分し、2030年以降の本格的成長を目指しています。
5. 働く環境
同社の人材戦略と、給与水準や働きやすさに関する指標を解説します。
■(1) 人材戦略・方針
同社は、「獲得」「育成」「活躍」の3点を人材戦略の柱としています。ビジネス開発人材や技術営業などの早期獲得を目指すとともに、中核人材やグローバル人材の計画的な育成を進めています。また、多様な従業員が自律的に成長し、能力を最大限に発揮できるよう、ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DEI)の推進や若手・キャリア採用者が活躍できる職場環境の構築に取り組んでいます。
■(2) 給与水準・報酬設計
同社(単体)従業員の平均年間給与はプライム市場の平均とほぼ同じ水準です。
| 項目 | 平均年齢 | 平均勤続年数 | 平均年間給与 |
|---|---|---|---|
| 2026年3月期 | 41.9歳 | 13.7年 | 7,989,362円 |
※平均年間給与は賞与及び基準外賃金を含みます。
同社は以下のような人的資本・多様性の開示を行っています。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 女性管理職比率 | 8.0% |
| 男性育児休業取得率 | 140.0% |
| 男女賃金差異(全労働者) | 81.6% |
| 男女賃金差異(正規雇用労働者) | 81.6% |
| 男女賃金差異(非正規労働者) | - |
また、同社は「サステナビリティ」等のセクションにおいて、法定開示以外の指標も掲載しています。例えば、新卒採用における女性比率(34.2%)、管理職に占めるキャリア採用者の割合(38.2%)、ストレスチェック高ストレス者率(13.8%)などです。
6. 事業等のリスク
事業環境やシステムに関連する主なリスク要因を概観します。
■(1) 主要事業における市場環境の悪化
映像事業のデジタルカメラ市場における競争激化や部品価格の高騰、精機事業におけるFPDおよび半導体露光装置の設備投資縮小による需要の伸び悩みなどが挙げられます。また、デジタルマニュファクチャリング事業においても、関連市場の成長が想定よりも鈍化した場合、期待される収益規模に届かない可能性があります。
■(2) 研究開発の遅延と技術陳腐化
同社の事業分野は厳しい競争下にあり、高度な研究開発による製品開発が常に求められています。投資の成果が十分に上がらず新製品や次世代技術の市場投入がタイムリーに行えない場合や、開発した技術が市場に受け入れられない、あるいは抜本的な技術革新により既存技術が不要となることで、業績が低下するリスクがあります。
■(3) グローバル展開に伴う地政学リスク
同社は海外売上収益比率が高く、世界経済の動向や政治問題、貿易摩擦等の地政学リスクに大きく晒されています。特に中東情勢の悪化から生じるサプライチェーンの問題や米中貿易摩擦などが、事業活動や半導体部品等の調達に影響を及ぼす恐れがあります。また、外国為替相場の急激な変動も財政状況に多大な影響を与えます。
■(4) サプライチェーンにおける調達の不確実性
異常気象や自然災害、地政学的な影響により、労務費や原材料価格、エネルギーコストが大きく変動するリスクがあります。また、半導体メモリの不足や地政学的緊張に伴う出荷制限などにより、必要な数量・納期での部品確保が困難となる供給リスクが高まっており、生産の継続に支障をきたす懸念が存在しています。



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